出版業界におけるDXの現状と、CRM活用のポイント


Writer:
山崎雄司
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ペーパーレス化が浸透し企業のデジタルシフトが進む現代において、出版業界は生き残りをかけ、大手出版社を筆頭にさまざまなDX戦略を立てている。しかし、中小企業の多い出版業界全体を見ると、デジタルシフトが進んでいるとはまだいえない状況だ。今回は、出版業界を取り巻く現状を踏まえ、出版社の具体的なDXの取り組み及びCRMの事例について見ていく。


出版業界を取り巻く状況


出版科学研究所の調査によると、日本国内における紙媒体の出版物の推定販売金額は、1996年をピークに2021年にかけて約半分まで落ち込んだ。しかし、電子出版市場の需要増加に伴い、2019年以降は徐々に回復。2021年には電子出版が市場全体の27.8%を占め、書籍や雑誌、コミックなどの電子書籍化が年々進んでいる。なかでも電子コミック市場は、新規ユーザーの開拓と定着に成功しており、電子出版市場の売上の8割以上を占めるなど、著しい成長を見せている。
このように、出版業界では紙媒体の出版物のデジタル化を中心に業務フローなどを含めたDX化が、大手出版社が牽引する形で進みつつある。

出版業界でのDX化の現状


ここでは、出版社のDX化の取組をいくつかピックアップし、現状を具体的に見ていく。

株式会社講談社



大手総合出版社である講談社は、2015年に大規模な組織再編を行い、デジタルシフトを成功させた。当時は、書籍や雑誌、コミックなどの紙媒体の販売収入が減少し、雑誌の広告収入も2010年以降の5年間で半減していたという。このような背景の下、紙媒体を基本としたビジネスモデルから「データのパブリッシング」へと事業を再定義。紙のデジタル化だけではなく、Webマガジンの立ち上げや、会社のブランド価値や編集力を活かしたタイアップ広告やキャンペーンサイトの構築など、ユーザーを惹き付ける〝追いかけたくなるような広告“の制作を実施。また、TikTokやTwitter、dマガジンなどの外部プラットフォームと連携し、コンテンツ配信やデジタル広告の共同セールも行っている。
さらに、デジタル市場の発展に伴い、「コンテンツをより豊かな形で自在に届けるための技術」の開発・改善を行うためには、社内にデジタルメディアにおける知見を蓄積するための研究開発チームの存在が必要と考え、2018年に社内に「techチーム」を発足させた。このチームを母体とし、2020年に〈KODANSHAtech合同会社〉を立ち上げ、技術的な知見を活かした数々のデジタルコンテンツを創造している。


株式会社早川書房



ミステリやSF、ノンフィクション作品が人気の早川書房では、いち早く複数のSNSやWebサービスを活用したことでも知られる。その中でも、Webメディアの準備段階という位置付けでスタートした「Hayakawa Books & Magazines(β)」では、新刊案内や電子書籍のフェア・キャンペーン告知のほか、著者紹介、話題作品の試し読みなどのコンテンツを展開し、68,000を超えるフォロワーを獲得。プラットフォームには、メディアコンテンツ配信サービスの「note」を活用し、社員の自主性に任せて記事をアップするなど、柔軟に運営している。
また、編集作業もデジタルシフトが進み、オンラインでの打ち合わせや、ビジネスチャットツールSlackを活用した情報共有が基本となっている。


株式会社小学館



大手総合出版社である小学館では、早くからデジタル戦略に取り組んでいるが、「雑誌ブランド」におけるコンテンツを活かした企画や事業運営が特徴だ。2017年に組織変更を行い、「女性誌編集局」を廃止。雑誌の編集だけでなく、女性向けのあらゆるメディアを運営する「女性メディア局」を立ち上げ、「デジタル事業局」が社内Webコンサルティングのような立場でサポートしている。編集部は「ブランド室」と名称変更し、雑誌編集長とデジタル担当編集長が並列して存在する組織になり、それぞれが独自の判断で動ける体制を作った。雑誌とデジタルの統括はブランド室長が行う。このような体制に変わってから、現在ではどのブランドも、Webメディアが盛り上がると雑誌本体の売上も伸びるという相関関係になっているという。
また、「女性メディア局」では、2016年に、女性誌『CanCam』が東京プリンスホテルとのナイトプール企画を実施。これまでの企業コラボ商品開発の実績やイベント開催のノウハウを生かし、空間プロデュースや宿泊プランの提案、オリジナルメニューの開発に至るまで、雑誌の枠にとらわれない幅広い事業運営にチャレンジしている。


KADOKAWAグループ



KADOKAWAグループは、角川書店の創業に始まり、現在は時代に合わせた幅広い事業を手掛ける「メガコンテンツ・パブリッシャー」として成長している。DXにも早くから取り組んでおり、電子書籍配信サービス「BOOK☆WALKER」の立ち上げや、「ニコニコ動画」を展開するドワンゴとの経営統合(現在は完全子会社化)などを実施。その背景には、IT関連の子会社である〈KADOKAWA Connected〉の存在があり、社内における業務プロセスのDX化とデジタル事業の推進によって売上を高めるDX戦略を行っている。
具体的には、まずGoogleカレンダーを導入して業務スケジュールを共有することからスタートし、ビジネスチャットツールのSlackでのやり取りによってスムーズなコミュニケーションを実現した。また、デジタル事業では、KADOKAWAの既存コンテンツとデジタル技術を掛け合わせた例として、株式会社はてなと共同開発した小説投稿サイト「カクヨム」の運営が挙げられる。投稿された小説に読者が直接コメントできるプラットフォームの採用によって、投稿者と読者との双方向のコミュニケーションを可能にした。


出版業界でのDX化のポイント


出版業界でのデジタル化への取り組みとして、代表的なものはやはり「電子書籍」であろう。先にも述べた通り、コミックの電子書籍サービスは好調で、多くの出版社はサブスクリプションサービスでの販売にも注力している。しかし、ほかのジャンルではなかなかDX化が進んでいないのが現状だ。紙媒体の本をデジタルで提供するだけでなく、Webコンテンツやリアルイベントなどを融合し、事業全体の流れをデジタルシフトさせていくイメージを持つことが重要なポイントである。
とはいえ、紙媒体の需要にも応えていかなければならないという現状も。また出版業界のサプライチェーンは複雑であり、紙媒体の本の場合、出版社、印刷会社、販売会社、書店など、多くのプロセスを経て顧客に届く。こうした一連の流れにおける課題を解決するため、2022年3月、出版大手の講談社、集英社、小学館と、総合商社の丸紅グループによって流通新会社「PubteX」が設立された。AIによる発行・配本最適化ソリューション事業と、ICタグを活用したRFID(Radio Frequency Identification)ソリューション事業を中心としたDX事業を展開しており、今後の出版事業全体のDX促進につながるだろう。
また、業務プロセスにおいても、他業種と同様にDX化を進めることが可能だ。集英社が中心となって開発した雑誌編集プラットフォーム「MDAM」のようなICTツールの活用や、ビッグデータの活用、AI(人工知能)の活用によって業務を効率化し、CRMなどを活用したWebマーケティングを推進することで、デジタル分野に強いメディアを持つことが期待できる。

出版業界におけるCRMツール活用の重要性


出版業界は、複雑なサプライチェーン構造や煩雑な著作権管理など、DX化が浸透しづらい課題を多く抱えている。その上、書籍の電子化がスタートした当初は、紙の本が売れなくなってしまうのではないかといった懸念もあったようだ。しかし、実際のDX施策例を見てみると、デジタルメディアと紙メディアが双方に好影響を与えているケースも多く、時代に合わせたDX戦略は今後不可欠と言える。
そこで注目したいのが、CRMツールの導入である。たとえば、デジタルマーケティング施策としてCRMツールを導入すると、現状をデータで可視化でき、業務フローの効率化にもつながるだろう。さらに、各種SNSとの連携を行うことで、動画などを活用したより効果的なWeb広告が可能になる。
また、紙の本を扱うプロセスにおいても、CRMツールは効果的だろう。複雑なサプライチェーン構造をリンクさせ、出版社、書店、顧客をつなぐことで、コミュニケーションの強化を図ると同時に、業務効率化も期待できる。
このように、紙媒体とデジタル事業を融合し、出版業界のさらなるDX化へ繋げるツールとして、CRMの導入は今後進んでいく可能性がありそうだ。


出版業界のCRM施策事例


ここでは、出版社が実施した具体的なCRM施策を見ていこう。


株式会社東洋経済新報社



Webメディア「東洋経済オンライン」で知られる東洋経済新報社では、ITコンサルティング大手のアクセンチュア株式会社とタッグを組み、デジタルプラットフォームを構築している。以前は、紙メディアである「週刊東洋経済」や「会社四季報」などの読者データや、オンラインメディアの会員データ、法人顧客データなどが統合されていなかった点や、オンラインメディアの来訪者がどういう人たちかわかっていないといった課題があった。
また、書店に卸した先のプロモーション活動などを積極的には行っていなかったが、今後のデジタル戦略において、デジタルマーケティングの必要性を感じていた。そこで、バラバラになっていた各データをCRMデータとして統合。
「顧客起点」のイメージを重視しつつ、Salesforceをリードとして、MarketoやTreasure DataのDMPなどと連携・連動させる形でデジタルプラットフォームを構築した。その後は、社員のデータ活用への意識が高まり、サブスクリプションサイトからの離脱の原因把握と対策を行うなど、具体的な施策に落とし込むことができている。


株式会社ぎょうせい



全国の自治体や法曹、税務、教育機関向けに法令集や実務書などを扱うぎょうせいでは、オンライン購入の普及に対応するため、CRMサービス大手のシナジーマーケティングに依頼し、事業戦略レベルでのECサイトの磨き込みを実施。特に、若い世代にブランドが浸透していない点を課題とし、若手潜在層を獲得するためのオウンドメディアの立ち上げやSEO対策、そこからECサイトへ誘導するといった導線を構築した。
サイトへの流入数を増やしていくという「量的改善」と、サイトを訪れた人の離脱率を抑えて、遷移率を上げていくという「質的改善」の2つをワンストップで支援してもらうことにより、オウンドメディアの立ち上げから約1年でECサイトの売上が昨年比12%増となった。


その他のマーケティング事例


CRMの取り組みが業界全体としてあまり進んでいない中でも、デジタルマーケティング施策を実施する企業は増加している。例えば、SNSアカウントの開設やメルマガ配信、セミナー・イベントのPR、さらには従来の紙媒体での名残からくるアンケートを絡めたプレゼントキャンペーンの実施などが挙げられる。


実際、ランダムに18の出版社をピックアップして確認したところ、Twitterは17社、Facebookは14社、Instagramは15社がアカウントを開設していた。なかでもInstagramアカウントを開設しているのは料理本や絵本などの写真映えする本を扱っているブランドが多くみられ、〈主婦と生活社〉の料理編集部のアカウントでは、読者モニターが実際のレシピに沿って作った料理の投稿をリポストして盛り上がりをみせている。
さらに、メルマガ配信は15社、セミナー・イベントは16社、プレゼントキャンペーンは16社が実施していた。さらに、YouTubeやTikTokを利用したコンテンツを提供している出版社もあり、オンラインでトークイベントのライブ配信などを行っている出版社も。〈集英社〉では広告会社向けのBtoB向けイベントをオンラインで開催し、オフラインだった前年比で参加者数200%超えを達成し、コミュニケーションのマルチチャネル化を促進している。


また、講談社が運営するサイト「C-station」では、BtoB向けマーケティング情報が多くまとめられており、出版業界におけるコンテンツマーケティングのヒントが得られる。CRM導入の前に、具体的なデータマーケティング施策のイメージを持つのに役立ててみてはいかがだろうか。


紙媒体のノウハウを活かしたデジタルコンテンツでDX、CRMを推進しよう


出版業界は、紙媒体の出版物を販売するといったアナログなイメージが強いが、多くの会社が出版物のデジタル化を中心に、DX化の取り組みを進めてきている。雑誌の売上減少など、業界として多くの課題を抱えるなかで、単に出版物をデジタル化するのみでなく、紙媒体で培ったコンテンツ制作技術を活かしたWebコンテンツの立ち上げや、SNSの活用、企業コラボ商品の開発といった幅広い事業展開によってブランド力を高め、新たなファン層を獲得するケースも。業界全体として見ると、CRMの取り組みは遅れている印象ではあるものの、デジタルマーケティングの視点が浸透しつつあり、徐々に導入されてきている状況だ。今後の出版業界におけるデジタルマーケティングの推移を見守っていきたい。

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