デジタル技術で人々の生活やビジネスをより良くする変革の波は保険業界にも押し寄せており、なかでも膨大な顧客情報を管理・活用できるCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)への取り組みに挑戦する企業が増えてきている。本記事では、保険業界の現状と課題、CRMを活用した解決策や成功事例などを通し、保険業界におけるCRMのあり方や有効性、今後の展望などについて見ていきたい。
保険業界の現状
新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、日銀による金融緩和策が長期化し、保険業界は大きな打撃を受けている。それに加え、海外金利の低下により外貨建て保険の販売が低調(一時的なもので現在は回復傾向)になったことなどが原因で、保険業界全体で新規契約者数が減少。また、社会全体で非接触が推奨されるようになり、訪問営業は自粛傾向に。対面接客が中心である保険代理店の廃業も増加した。こうした状況下で、ビジネス界全体でデジタル化や非対面接客が促進されたことで、かつての人海戦術は息をひそめ、デジタル戦略が身近なものとなってきている。
現在、保険業界は他業界と比べるとCRMを始めとするデジタル化が遅れているといわれているが、オンライン業務が主流に切り替わっていくなかで、営業手法もテクノロジーの進化に対応しようとしている。しかし、人々のライフスタイルがより多様化している現在、かつてのマス・マーケティング(マスメディアを通し、市場全体及び多くの消費者に向けてアプローチするマーケティング手法)中心の営業からなかなか抜け出せない保険業界ならではの背景もあり、さまざまな課題が発生している。
保険業界が抱える課題とCRMを活用した解決法
他業界よりも数多くの顧客を相手にする必要がある保険業界では、これまでマス・マーケティングが主流であった。ターゲット層の働き方や所得状況、環境のばらつきがそれほど多くなかった時代には効果があったものの、一人ひとりの価値観やライフスタイルがそれぞれ大きく異なる現代では、こうした販売方法が通用しなくなりつつある。顧客一人ひとりのライフスタイルに合わせた商品の提案など、複雑化する顧客ニーズへの対応は喫緊の課題ともいえるだろう。
さらに保険業界では、多くの会社が各種販売代理店を通じて自社商品を顧客に紹介・販売してもらう形態をとっている。そのため、直販に比べて顧客との距離感が遠く、顧客の状況やニーズを的確に把握することは非常に困難である。変化する顧客の状況やニーズを迅速かつ的確に把握するには、代理店も含めたDXの推進を早急に進めていく必要があるだろう。
こうした中、多種多様な顧客とそのニーズを把握し活用していく一助となるのがCRMである。ここからは、保険業界の課題とその課題解決のためにCRMをどう取り入れていくのか、具体例を通して考察する。
課題1:少子高齢化に伴う新規契約者数の減少
少子高齢化に伴い、加入者数が減少傾向にあると同時に受給者数増加するため、収益のバランスが傾きつつある。
解決方法1:CRMを活用した営業活動と商品開発
顧客のライフイベントや購入履歴、保険の利用状況をCRMで一元管理することで、顧客一人ひとりのニーズが見えてくる。すると、たとえば車の購入履歴から買い替え時を予測したり、保険見直しのタイミングに合わせて商品を提案したりするなど、顧客行動を先回りした“攻め”の営業が可能となる。また、これまでは会社発信で行っていた保険商品の紹介なども、顧客のニーズに合わせて提案することで、成約率の上昇も期待できる。同時に、個別化された体験によって顧客満足度が向上することで、リピート率や紹介率の上昇にもつながるだろう。さらに、営業が顧客ニーズをより正確に把握することで、新商品のアイデアが生まれる可能性も。このように、CRMの導入は、保険業界におけるone to oneマーケティングを実現する有効な手段といえる。
課題2:契約手続き(顧客管理等)のデジタル化が遅れている
コロナ禍で非対面接客が推奨される昨今、顧客の獲得や契約手続きにも新しいアプローチが必要だ。なかでも、契約プロセスや保険金請求プロセスといった手続きの利便性向上は、保険業界の大きな課題といえる。
解決方法2:DXの推進とCRM導入による他部署との連携の実現
契約手続きのオンライン化や、SNSを活用した商品提案、チャットボットなどを用いた問い合わせ対応の導入は、利便性を向上させ手軽な申し込みを実現させる。特に、ミレニアル世代以降の加入者はさまざまなデバイスを使いこなしているため、オンラインチャネルの利便性は機会損失を防ぐ重要な鍵となる。しかし、これらのシステムが部署ごとに独立しているような状態では、顧客の契約情報や問い合わせ履歴などの多岐にわたる情報を統合的に管理することは難しい。そこで顧客情報を一元化できるCRMの出番だ。顧客IDに紐付けて各種情報を一元管理することで、業務の効率化が図れ、情報の齟齬やタイムラグなども起きにくくなるだろう。さらに、代理店との情報共有もしやすくなることで、顧客一人ひとりのニーズに合わせた最適なタイミングでのアプローチも実現する。
課題3:代理店による販売のため顧客との距離感が遠い(※損害保険会社)
損害保険業界は、多くの企業が代理店を通じて商品を販売している。そのため、自動車保険は自動車ディーラーの顧客、旅行保険は旅行会社の顧客、火災保険は不動産や金融機関の顧客といったように、基本的に「代理店の顧客」という扱いになる。そうなると、損害保険会社としては、顧客の氏名や住所といった契約に必要な最低限の情報しか得られず、営業も代理店が中心となるため、直接の顧客接点を持つことが難しい。
解決方法3:CRMを活用した有益な情報発信による定期的なコミュニケーション
代理店を通して顧客とコミュニケーションを図る方法として、代理店のCRMプロセスに乗せて、顧客のライフスタイルに沿ったコンテンツを提供することが考えられるだろう。たとえば自動車保険の場合、季節ごとの魅力的なドライブコースや冬場のスタッドレスタイヤに関する情報を配信したり、台風のあとに自然災害による自動車保険適用範囲などの情報を発信したりすることなどである。顧客にとってタイムリーなコンテンツや、ライフスタイルに直結するような情報の提供は、セールスメールに比べて開封率も比較的高い。CRMを活用し、顧客による顧客視点での定期的なコミュニケーションを図ることで、顧客と損保会社・代理店との間に親密感が生まれ、契約機会の確保につながる。
保険業界でCRMツールを導入する際の注意点
CRMツールを導入するにあたって、次の3つのポイントを押さえておきたい。
1.課題を把握し、目的を明確にする
CRMツールを導入・運用する際は、事前に導入の目的を明確にする必要がある。そのために、まずは自社の課題を洗い出すべく、営業手法や業務フローの現状を把握しておきたい。顧客とのコミュニケーションで何を重視していたか、どのような情報を収集できていたかなどを細かく分析し、それを基にCRM導入後の具体的な指標や目標を定める。
また、営業担当者個人のノウハウを同時に分析することで、顧客情報に加えて営業手法などの共有も進み、顧客満足度向上と業務効率化のさらなるヒントが見つかる可能性もある。
2.システム内容の確認
どれほど多くの機能を備えているCRMツールであっても、自社の社員にとって使いにくかったり、既存システムとの互換性がなかったりしては使いこなすことができない。評価が高く人気のツールであるかどうかより、実際に現場で使えるかを重視すべきである。CRMツールの中には、デモ版や無料プランが用意されているものもあるので、実際に試してみるのも有効である。
3.サポート体制の確認
ベンダーによるサポートの充実度もチェックしよう。CRMは海外販売者による製品が多いため、日本語によるサポートが受けられるのかも確認しておきたい。サポートの内容によっては有償のケースもあるので、できるだけ細かく調べることをお勧めする。
保険業界でのCRM導入事例
保険業界におけるCRMの導入事例を、損保と生保に分けて紹介する。
損保
1.東京海上日動火災保険
東京海上日動は、DXに伴う業務プロセスの変化及び代理店からの要望に対応するため、提携する代理店に対して新しいCRMシステムへの移行を順次進めている。新しいCRMはアメリカ・Salesforceの金融機関向けCRMシステム「Financial Services Cloud」を使用。同時にデジタルアダプションツールを活用し、代理店へのスムーズな移行を図っている。
CRMシステムの刷新により、営業スケジュールの可視化やカスタマーセンターでの対応内容の共有、保険料の試算計上への活用など、以前できなかったことが可能になった。代理店との連携も充実し、ある代理店では新CRM導入後の新規契約件数が前年比で140%増加したという。
2.共栄火災海上保険
2012年に創業70周年を迎える共栄火災海上保険は、幅広い商品のラインアップが特長だ。これまでは、顧客窓口、事故対応、代理店向けの3種類のカスタマーセンターで対応しており、その内容を別々に管理していた。そのため、複数業務に携わる場合には作業が煩雑になり、カスタマーセンターごとにシステムの操作も異なるためオペレーターの混乱が容易に予想されたという。そこでCRMを導入し、履歴管理の仕組みを統一したことでチーム体制を大きく変革することができ、業務の効率化につながった。また、当日処理案件を抽出し、やり忘れをなくす試みを実施した結果、苦情も減少傾向だという。
生保
カーディフ生命保険
フランスを拠点とするカーディフ生命保険株式会社では、これまでカスタマーサービスセンターで使用していた他社製のCRMがサポート切れになることから、新システムとしてギグワークスクロスアイティ社のコールセンター向けCRMシステム「デコールCC.CRM3」を採用。使いやすさやカスタマイズの自由度の高さなどが高く評価されての導入だったという。録音システムやCTIシステム(コンピューターと電話を統合するシステム)との連携など、さまざまな拡張機能により、オペレーション業務が大幅に改善した。「デコールCC.CRM3」の機能である権限付与により、役職や部署ごとで異なる閲覧項目や管理項目などを設けることを検討しており、今後の機能強化にも意欲的だ。
CRMの活用で保険業界にOne to Oneマーケティングを
保険業界は、少子高齢化が進み利益が減少傾向にあるなかで、さらにコロナ禍の打撃を受けた。変化の著しい現代社会で売り上げの確保を図るためには、顧客一人ひとりのライフスタイルに合った保険商品や多様なサービスを提案し、顧客満足度を高める必要がある。CRMツールの導入は、One to Oneマーケティングを可能にする最適な方法だろう。デジタル化の波に乗り、他部署や代理店との連携を円滑にすることで顧客理解を深め、さらなる顧客満足度の向上を図ることができるかどうかが、今問われている。