今さら聞けない「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の定義 − デジタル時代を生き抜く基礎知識
- Writer:
- 山崎雄司
多くの分野でDX(デジタルトランスフォーメーション)が推奨され、重要課題として扱われるようになった。特にコロナ禍の影響でそのトレンドは顕著になっており、テレワークを含む働き方改革の面でもDXの必要性が高まる一方、適切な取り組みができている企業はほんの一握りだという。今回は、そもそもDXとは何なのか、また現在注目されている理由やIT化との違い、さらにメリットと課題や、DXの先駆者として成功している企業の例も含めて見ていく。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の定義
DX(デジタルトランスフォーメーション/Digital Transformation。以下DX)とは、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授、エリック・ストルターマン氏によって提唱された「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念だ。
一言で言うと「デジタル技術による(生活やビジネスの)変革」のこと。デジタル技術を浸透させることで、人々の生活をより良いものへと変革し、既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすことを指す。
言い換えれば、デジタル技術を使って、便利な社会を実現させる、また、社会のあらゆる変化に対応するということである。
なぜDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要とされているのか
それでは現在なぜ、多くの分野でこのDXが推進され、重要課題として扱われているのか。ここでは、その理由を見ていこう。
1.2025年の崖
経済産業省は2019年の「DXレポート」の中で、IT人材の不足と基幹システムの老朽化によりこのまま対策を講じなければ2025年から年間で現在の約3倍、最大12兆円もの経済損失が生じる可能性を指摘した。これを「2025年の崖」と呼ぶ。しかし、同省が2021年に発表した「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」では、DXへの取り組みが予想以上に遅れていることを明らかにしている。約95%の企業がDX未着手またはDX途上にあり、危機感の共有や意識改革の推進には至っていないというのが実情のようだ。
2.コロナ禍
DXの必要性をさらに高めているのが、コロナ禍による環境の変化である。三井住友カード株式会社による2020年の調査では、購買の際にECサイトや通信販売を利用する割合は高齢者を含むほとんどの世代で増加しているという。デジタルサービスによる新たな価値提供が当たり前になり、テレワークをスムーズに進めるためにも企業にとってDXは欠かせないものとなっている。
多くの経営者がDXの重要性を理解はしているものの、これまで当然のように行われていた業務や習慣が妨げとなり、企業間におけるDX推進状況の差は広がってしまっている。レガシーシステムの更新だけではなく企業文化・風土そのものを刷新し、従来の固定観念を変革するDXが、これからのデジタル社会で生き残るために必要とされているのだ。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とIT化の違い
ところで、DXは、IT化と何がどう違うのか。
IT化とは、業務効率化を「目的」としてデジタル化を進めること。それに対し、DXはデジタル化を「手段」として製品やサービスの抜本的な変革を進めることである。つまり、DXはIT化の延長線上に存在するものであり、IT化の実現によってDXが進められるということだ。
また、IT化が企業に与える変化は「量的変化」であり、ITを活用した業務の効率化によって業務の工数が削減するなど、社内の人間にも変化がわかりやすいのが特徴だ。一方で、DXが企業に与える変化は「質的変化」である。DXが、企業の業務プロセスやビジネスモデルの変革によって業務の本質を抜本的に変え、競争力向上を押し上げていく。その変化は根本的であることも多いため、社内の人間に変化がわかりやすいものとは限らない。
経済産業省は、アナログデータをデジタル化する「デジタイゼーション」、個別の業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」、ビジネスモデルを変革する「DX」の3段階にDXを分解し、推進のための具体的なアクションを設計しやすいよう定めている。デジタイゼーションやデジタライゼーションだけを見ればIT化のような「量的変化」をもたらすものだが、いずれも段階的にDXへとつなげる「手段」であるため、IT化とは本質的に異なる点に注意しておこう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)導入で得られる具体的なメリット
それでは、このDXを推進することで、どのようなメリットが期待できるのか。
1.生産性向上
DX推進のためにIT化やデジタル化を進める際、業務の見直しを実施することで、業務の自動化の実現や、無駄な作業の削減につながっていく。これにより、生産性・正確性が向上し、人件費の削減が可能になる。
2.環境の変化に対応
昨今の新型コロナウイルスの感染拡大をはじめ、システム障害や災害など、企業を取り巻く環境は変化し、リスク管理の必要性も高まってきている。DXを推進することによって、こうした不測の事態が起きた場合でもそれまで通り事業を継続するための基盤が整うため、BCP対策(事業継続計画)の強化にもつながる。
3.新たな商品・サービスが開発しやすい
インターネットやSNSなどから顧客データを収集し、分析することによって、潜在的な顧客ニーズを理解することができる。それらを活用することで、商品やサービスの開発に活かしたり、新しいマーケットを開拓したりすることができる。
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の課題と解決方法
では、DXを推進する際の課題とその解決方法について整理していこう。
1.ITシステムの老朽化
企業で使われている基幹システムは、何十年も前に開発され、拡張性や保守性が損なわれているものも少なくない。こうしたシステムを一掃し、一貫性を持った新しいITシステムの構築が必要である。なお、この際にはITの最新動向を常に把握することが重要となる。
2.明確な目標や経営戦略の提示
DXの必要性を感じていても、具体的な方向性を見出せない企業も少なくない。経営トップがDXでどのような価値を生み出し、ビジネスを変革するのかを明確に固めることがポイントだ。そのために、DXを推進する人材や予算を割り当て、現場との意思疎通を図り、社内全体の意識を変えていくことが大切である。
3.IT人材が不足
デジタル人材の不足は年々深刻化しており、経済産業省によると、2030年に最大79万人のIT人材が不足するという。労働人口の減少に歯止めがきかない日本において、DX人材を確保する厳しさは想像に難くない。だからこそ速やかなDX人材獲得に加え、社内でDX人材を育成していく動きが必要となってくるだろう。
参考:平成30年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(IT 人材需給に関する調査)| 経済産業省
DX(デジタルトランスフォーメーション)成功事例
では、実際にDX推進に成功した企業の例を見ていこう。
江崎グリコ株式会社
総合食品メーカーの江崎グリコ株式会社は当時、法人ノベルティ事業でWebサイトを活用できておらず、名刺情報や電話でのアプローチなどアナログな営業にとどまっていた。新規顧客の開拓が進まず商談化率に課題があったため、適切な購買タイミングに営業ができるようMA(マーケティングオートメーション)ツールを導入。それによって利用者との接触頻度が増加し、効率的に売上を伸長させることに成功、Webから獲得できる見込客数が2倍以上になったという。
参考:戦略的なマーケティングシナリオ設計でノベルティサイトから質の高いリードを獲得|江崎グリコ株式会社
株式会社中国新聞社
総合メディア事業を行う株式会社中国新聞社は、従来の新聞のような紙媒体だけでなく、デジタル商品を成長させることが今後のミッションであった。顧客が何に興味を持っているのか、どのような記事のニーズがあるか、それに対する実際の反応といった観点から顧客理解を深めるため、MAツールを導入した。これにより顧客の属性を把握することが可能となり、デジタル広告の収益増のほか、グループ会社や関連サービスへの適切な送客に成功したという。
参考:顧客実感による分析と施策の見える化 中国新聞が進めるデジタルシフトへの挑戦
日本郵便株式会社
運輸・配送大手の日本郵便株式会社は、業界全体の課題ともいえる深刻な配達員不足解消の第一歩として、東京都奥多摩町でドローンによる荷物配送試行を実施した。標高差や起伏に富む山間部の住宅を目的地に定め、配達員による配送では約20分かかっていたルートを約10分で完了させることに成功したという。同社はこのことを活かし、山間部などの配送においてドローンを活用した業務効率化につなげていきたいとしている。
参考:日本郵便、奥多摩町にてドローンを用いた配送の試行を実施 | DRONE MEDIA
大塚製薬株式会社
医薬品や食料品の製造・販売を行う大塚製薬株式会社は、脳梗塞患者の再発抑制を目的として、日本電気株式会社(NEC)と共同で服薬サポートシステムの開発に取り組んでいた。脳梗塞患者が処方薬を飲み忘れるケースの多さに着目して開発された「プレタールアシストシステム」は、「錠剤を収納する専用ケース」「薬を飲むタイミングでLEDが点滅するIoTモジュール」「服薬状況を確認できるスマートフォンアプリ」の3つで患者本人の飲み忘れを防ぐと同時に、家族や薬局、医師による服薬履歴の確認を可能にしたという。
参考:プレタールOD錠100mg 56錠入りプラスチックケース包装追加 一部変更承認を取得 | 大塚製薬株式会社
日本航空株式会社
航空運送業において国内で最も長い歴史を持つ日本航空株式会社は、経営破綻を機に、50年間運用していた旅客サービスシステムの刷新に取り組んでいた。その一環としてアマデウスITグループの予約管理システム「Altea(アルテア)」を導入し、顧客の予約情報を一元管理することで国内線・国際線の乗り継ぎやホテル予約が容易になったほか、増収効果にも大きく寄与したという。さらに同社は2023年度より全社員対象にDX教育を開始する予定であり、DX推進に対し非常に積極的な姿勢をみせている。
参考:JALが800億円投じた新システム、稼働1年後の増収効果 | 日経XTECH
DXの推進で成果を出せる体制づくりを
業務プロセスやビジネスモデルを本質的に改善することで、より強固な経営基盤が構築できるDXの推進。間もなく訪れる「2025年の崖」に直面してから新規事業や変革を始めようとしても、身動きがとれなくなっている可能性もあるかもしれない。
こうした事態を回避するためには、迅速にDXへの取り組みを推進し、成果を出せる体制をつくり上げる必要がある。まずは自社の現状を客観的に分析し、既存のシステムが老朽化したり複雑化したりしているようであれば、具体的な対処法を検討していく必要があるだろう。