マーケティング4.0から5.0へ進化する中で今改めてやるべきことを考える


Writer:
山崎雄司
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マーケティングの歴史をたどると、生活者の変化が、マーケティングを進化させてきたことがわかる。デジタル化をはじめ、昨今の消費者の生活はドラスティックに変化しており、企業もその対応に追われているのだ。今回は、現代のデジタル化に伴って変化してきたマーケティングの進化を、その「1.0」から「4.0」、そして「5.0」への変遷とともに見ていき、今やるべきことを改めて考えていく。

マーケティング1.0


「マーケティング」という概念は1900年代に誕生した。当時は、安くすれば製品が売れる大量生産・大量消費の時代であり、どのような商品(Product)を、どこ(Place)で、いくら(Price)で、どのように宣伝(Promotion)して売るかを考えるフレームワークが問われていた。これが、「マーケティング1.0」の時代である。この時期によく使われたマーケティング戦略は、商品を大量生産することでコストを抑え、テレビCMを大量に投下(Spray)し、うまく当たってくれることを祈る(Pray)という「スプレー&プレイ」戦略である。

マーケティング2.0~企業視点から顧客視点へ~


1970年に入ると、技術の進化を背景に、商品のコモディティ化が進んだ。すると、市場の価格競争が激しくなり、大量生産・大量消費が通用しなくなった。こうした背景から、これまでのような企業視点でのマーケティングでは差別化が図れなくなった時代、企業は生活者に自分たちの商品やサービスを選んでもらう、特別なポジションを志向するように。買い手のニーズを知ることが重視されるようになり、マーケティングは顧客志向にシフトする1.0から2.0へと移行していった。顧客軸で商品を設計し、市場を作っていく「買い手主導」のマーケティングの時代の到来である。この時期から、顧客IDと行動データを紐付けたり、購買履歴を元に上得意客のみにDMを送ったりするなど、顧客一人ひとりの行動に基づいた取り組みがスタート。また、顧客分析においては、セグメンテーションやターゲティング、ポジショニングを行う「STP分析」と呼ばれる手法が登場した。

マーケティング3.0~CSRがマーケティングの重要な要素に~


「マーケティング3.0」へとシフトした1990年代以降から2000年代にかけては、市場に商品があふれ、企業間の競争がヒートアップ。そして、インターネットの台頭によって、顧客側が得られる情報は加速度的に増えていった。
また、生活がある程度豊かになり、モノが充足すると、生活者は精神的な充足感にウェイトを置くように。社会に貢献したい、貢献できる存在でありたいという志向が強くなり、企業に対しても、自主的に社会貢献する姿勢を求めるようになった。
こうした生活者の変化に合わせ、企業はネットを使ったマーケティングや、社会的責任を担うCSR(=Corporate Social Responsibility)にも注力するように。この時期は、モノ消費よりもコト消費が好まれるようになり、顧客にとっての価値は何なのかを訴求する「価値主導のマーケティング」が必要とされた時代であった。

マーケティング4.0~顧客エンゲージメントの向上が課題に~


2010年以降、「マーケティング4.0」に突入すると、生活者は自己実現を重要視する傾向に。企業側には、製品やブランドを通して、ありたい自分・あるべき自分を追求する生活者の精神的欲求を満たし、自己実現に貢献することが求められるようになり、「顧客エンゲージメントの追求」という視点が浮上してきた。顧客エンゲージメントとは、生活者と企業や製品、サービス、ブランドとの深い関係性のことで、いわゆる「ファンになる」状態を意味する。顧客エンゲージメントの向上は、企業の売上を上げ、収益アップにつながるものである。「マーケティング4.0」では、この顧客エンゲージメント向上のための取り組みとして、オンラインとオフラインを融合し、データの統合を可能にしている。これは、マーケティング3.0では技術的に行えなかったため、分けて考えられていたもの。単にチャネルをデジタル化するのではなく、オンライン・オフラインを問わず顧客とのタッチポイントを充実させ、顧客満足を提供する施策が求められている。

コトラーの5A理論


マーケティング4.0において欠かせないものに「5A理論」がある。5A理論はアメリカの経済学者であるフィリップ・コトラーが提唱した顧客の購買プロセスに関するフレームワークで、「認知(Aware)」「訴求(Appeal)」「調査(Ask)」「行動(Act)」「奨励(Advocate)」の頭文字を取ったものだ。従来のマーケティングでは「認知(Awareness)」「態度(Attitude)」「行動(Act)」「再行動(Act again)」からなる4A理論が主流で、そのゴールは再行動、つまり顧客のリピート購入にあった。それが5A理論の登場でゴールは奨励、つまり他者へ商品を勧めることにあると定義づけられるようになった。コトラーは「マーケティング4.0の究極の目標は、顧客を認知から奨励に進ませることである」としており、エンゲージメントの高い顧客(ファン)であるほど奨励行動を取りやすいため、そのような意味でも顧客エンゲージメントの向上は重要である。

マーケティング5.0~テクノロジーを活用した価値提供へ~


2020年代に入ると、テクノロジーを駆使して顧客体験価値を高める新たな概念「マーケティング5.0」が提唱された。具体的な手法としては、データドリブンマーケティング、アジャイルマーケティング、予測マーケティングなどが挙げられる。マーケティング4.0でもデジタル戦略は取り入れられているものの、従来型マーケティングからの転換期ということもあり、その内容は基本的なものに限定されていた。このマーケティング5.0で最も重要なポイントは、「テクノロジーと人間らしさを両立し、掛け合わせることで幅広い世代に価値を提供する」という点だ。マーケティング5.0が注目される背景には、急速なデジタル化が浮き彫りにしたジェネレーションギャップやプライバシー、セキュリティなどの課題がある。マーケティング5.0は高度なテクノロジーだけでなく人間性も重視する、これまでのマーケティングを総括するような概念だ。テクノロジーが成熟した今、ビッグデータやAIなどを活用した価値提供を通じて信頼関係を構築し、これらの課題と向き合うときが来ているのだ。


マーケティング4.0の成功事例


KINTO


「KINTO」は、生活者の価値観の変化を意識したトヨタのサブスクリプションビジネスである。ネットで完結するサブスクリプションが多いなか、「KINTO」の申し込みはネットだけでなく、全国のトヨタ系列販売店でも受け付けているのが特徴だ。顧客の相談に応じながら接客する販売網ならではの機能を活かし、オンラインとオフラインを統合したサブスクリプションである。

カシヤマ ザ・スマートテーラー


オンワードのパターンオーダースーツ事業「カシヤマ ザ・スマートテーラー」では、オンラインとオフラインを融合した新たな顧客体験を提供している。ショールーム形式のショップを利便性の高い立地にオープンし、完全予約制で採寸や試着を受け付け、要望があれば出張サービスも実施。2度目以降の利用には、採寸なしでオンラインでの注文が可能となる。取引先企業に出向いて身だしなみ講座を開催するなど、新たなタッチポイントの開拓にも注力している。企業が「コト消費」への対応に本腰を入れ、顧客体験の提供を重視しているのは、それが顧客増に結びつき、好循環をもたらすからである。良い顧客体験を提供することで、よい拡散が生まれ、それが広告となって顧客を自立的に増やしていく好循環は、顧客エンゲージメントの理想形といえよう。

マーケティング5.0の成功事例


ユニバーサル・スタジオ・ジャパン


合同会社ユー・エス・ジェイが運営する国内有数のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」は、比較的最近まで非常にレガシーな手法でマーケティングを行っていたという。もともとECとは全く異なる業界ということもあり、TVCMを用いたマスマーケティングや一部の来場者をサンプリングするという手法で成功を収めていた。しかし時代が変わって従来のマーケティングが通用しづらくなり、経営層を説得してデータドリブンマーケティングを推進。来場前から再来場まで一貫して顧客を理解するため、センサーやビーコンを用いてテーマパーク内での来場者のリアルな行動をデータ化した。これにより公式アプリ上でコンシェルジュ機能が提供可能になり、来場者の現在位置や時間帯に応じたグッズをレコメンドするなど、顧客一人一人に合わせたマーケティングを実現している。テーマパーク業界という珍しいケースだが、従来型のマーケティングで成功を収めていたこともあり、データドリブンマーケティングの導入までにはかなりの紆余曲折があったという。USJの施策をそのままECに取り入れることは難しいが、マーケティング5.0の提唱以前からテクノロジーに着目していた先見の明や、経営層とも向き合い成功へと導いた行動力は、EC業界においても参考になるだろう。

今、やるべきことを改めて考える


では、このようなマーケティングの進化の流れの中で、改めて、どのようなことを考えていく必要があるのか、重要かつ基本的なポイントをそれぞれ整理していく。

マーケティング4.0で重要なこと


オンラインとオフラインの顧客体験の統合
生活者の価値観の変化をしっかり考える


オンラインとオフラインの両方のタッチポイントを持っている場合に欠かせないのが、オンライン・オフラインの顧客体験の統合だ。たとえば、店舗に初めて来店した顧客がアプリで会員カードを提示すると、店側は顧客の ECでの購買情報をその場で把握でき、そのデータを元に新たなコーディネートの提案ができる。このようなやり取りを可能にするのが、オンラインとオフラインの統合の理想形のひとつといえるだろう。さらに、オンラインで頻繁に購入している顧客が初めて店舗に訪れ会員カードを提示した際に「いつもありがとうございます」と販売員から挨拶されることや、優良顧客としてのポイントがすぐに還元されるといった特別な体験をした場合、顧客満足度は上がる。どのタッチポイントでも顧客一人ひとりに対して一貫したサービスを提供できることが、顧客エンゲージメントの向上につながっていく。オンラインとオフラインのデータを統合し、顧客体験を統合し、昇華していくことの大きな意味がここにあるのだ。また、マーケティングをめぐる環境変化として、生活者の価値観の変化も見逃せない。モノ消費からコト消費へ、所有からシェアへといった需要の変化を受け、企業はコト消費への対応も求められている。コト消費に応えた企業の取り組みの一つが、サブスクリプションだ。これは、製品やサービスなどの一定期間の利用に対して定額、または従量課金で代金を受け取るビジネスモデル。動画配信サービスや音楽配信サービスが代表格だが、サブスクリプションのジャンルは日本でも多方面に広がっている。

マーケティング5.0で重要なこと


顧客の潜在的なニーズを理解する
テクノロジーと人間の長所を使い分ける


マーケティング5.0ではテクノロジーの活用が前提となるが、それを使いこなすのも、アプローチする対象も人間である。例えばビッグデータを駆使して分析を行ったとしても、そこからどのような気づきを得てどのような施策に落とし込むかはマーケター次第だ。そのためマーケターは、新たなテクノロジーと顧客ニーズの両方を理解することが重要になってくる。さらに、テクノロジーと人間それぞれの得意分野を把握し、十分に活用することも必要不可欠だ。例えば、AIやIoTなどを活用しつつ緊急時は人間が柔軟に対応することで、テクノロジーと人間が持つそれぞれの長所を活かし顧客体験を高めることが可能になる。商材によっては、顧客によるカスタマイズの選択肢を用意するのも有効だろう。マーケティング5.0で主体にするものはあくまでも人間であることを忘れず、テクノロジーを駆使した価値提供で顧客を惹きつけ、信頼関係を構築していくことを心がけよう。

変化し続けるデジタルマーケティング


コロナ禍の影響もあり、デジタルマーケティングは転換期となるマーケティング4.0を経てマーケティング5.0と進化した。急速なデジタル化による課題も浮き彫りになったが、今後はAIやIoTなどの活用が今まで以上に活発になり、より効率的かつ柔軟なマーケティングが可能になることだろう。また、マーケティング4.0も決して古くなったわけではなく、自己実現のためのマーケティングという特徴を有効活用できるシーンは十分にある。重要なのは、自社の目標実現に最適なツールやテクノロジーを導入し、マーケターが顧客を理解したうえで施策を打ち検証する、このサイクルを繰り返すことにあるのだ。デジタルシフトの波とともに、経営の在り方やビジネスプロセス、さらには組織や企業文化・風土までも変化しつつあるが、デジタルマーケティングの本質まで変化したわけではない。テクノロジーを活用した価値ある顧客体験の提供で購買意欲を高め、顧客とのコミュニケーションを一つずつ積み重ね信頼関係を構築することで、売上増加と顧客ロイヤルティ向上の両立を目指したいものである。

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